
な ご り 雪 ―――恋山形発、下りの汽車
田島 葵 挿絵:緋莽総一郎(挿絵はクリックで拡大表示します)
第 一 章
日本海へと注ぐ川の上流。川幅を残して四方を山に囲まれたその集落には、三月のはじめになってもまだ雪がある。
積雪はそう深くないけれど、暖かくなったと思ったら降り出して…の繰り返しで、なかなか消えない。
話は、二〇〇×年、という年号に、ようやく人々が慣れてきた頃のこと。
「掛巻も綾に畏き志戸口の山の大神の御前に、恐み恐みも白さく…」
年老いた、しかしよく通る男の声が、木々の間に響き始めた。
鬱蒼とした林の中に十人ほどが集まり、直立不動で手を合わせ、頭を垂れている。
人々の前には古びた木の祠があって、祠の先には無数の杉の木々が、山の斜面に対して鋭角に伸びていた。
祠の背中だけでは、ない。腰が曲がった老婆のすぐ左脇も、赤ん坊を抱いた若い母親のすぐ後ろも、作業着姿で並ぶ日に焼けた中年夫婦のすぐ右隣も、濃い茶色をした杉の幹たちに囲まれていた。つまり、一同が立つ狭い空間だけが平らに切り開かれ、あとは雪を載せた深緑の針葉樹にすっぽりと覆われているのだ。
「…子らの身を健やけく守り恵み給い、山へ入る人を安く守り恵み給い…かく祷ぎ奉る願いを叶わせ給え…」
立木はたいてい細長いものだが、枝を払われた杉というのはとりわけ細長く、そして一途なまっすぐさを見せる。
その杉の木の間から、薄日が筋状に差し込んできている。この土地の春先にしては暖かい朝で、湿り気を帯びた木の幹たちが、その日射しの中に湯気を立ち上らせていた。ドサバサッ!…忘れた頃に、木の枝が雪を落とす音。檜に似た、けれども檜とは少し違った匂いが人々の祈りを包む。この匂いは「春の匂い」なのだと、彼らは親から子へと伝え続けている。なんとも純真で、敬虔な人々…。
「うー眠い……神様お願い、早く終わらせて」
いや。一人だけ、全く違う祈願をしている少女がいた。もちろん、口には出せない。
少女の名を、清音という。
後ろで束ねた髪、丸眼鏡をかけた色白の顔。眼鏡の下には黒目がちの可憐な両眼が控えているが、それは今は固く閉じられている。ともあれ、カーディガンを羽織った制服の背中をしゃんと伸ばし、目を閉じ口を結んで神妙に手を合わせる様は、他の敬虔なる人々と全く変わらなかった。
ガガンガガン、ガガンガガン…ガガン、ガガン……キキィー………
「…上りの、六時半の汽車」
道路と川を挟んだ反対側の高い山肌に、なぜか鉄道の小さな駅があって、そこへ着く列車の音が、かすかだがここまで伝わってくるのだ。低地をまたぐ単線のコンクリート橋に一両きりの小さな列車が走っているだけで、普通ならこの距離を伝わる様な音ではないのだけれど、それが届くのを許してしまうほどに、この谷間が静かなのだった。
「二十分ぐらいで、今度は下りが通る…そしたらお祈りは終わりだ」
祈りは毎朝決まった時刻に始まるので、清音は列車の音を、あとどれぐらいで終わるかの目印にしていた。
今日は土曜日。終わって朝食が済んだら、少し眠れる。
「なんで、こんな面倒な家に生まれちゃったんだろ…」
あくびを噛み殺しつつ、清音は胸の中で溜息をつく。耐えて過ごす二十分は、長い。
集落の中で、小鍵屋、と呼ばれる家の長女。家には志度口という姓があるのだが、同姓の家がいくつもあるので、西ノ屋、丸源といった「屋号」がいまだに生きている。
小鍵屋、というからには大鍵屋もあって、それが清音たちの家の本家にあたる。大鍵屋が集落では一番大きく、分家である小鍵屋がその次だ。本家分家といっても、双方が分かれたのは記録もない様な昔なのだが、山あいに代々住む小さな集落のことだし、清音の三代ほど前で姻戚関係も結んでいるから、彼女も教わるままに先方のことを「本家」と呼び、格上にあたる特別な家だという認識も漠然とだが持っている。
そして祈りを捧げる一同の前には、小さな祠が一宇。これが両家で祀っている「山の神様」で、つまりこの、朝から杉林で直立不動の姿勢を取り続ける面々は、全員が清音の家族か遠い親戚のどちらかだった。
この集落を含む智頭という町は、古来、山に杉や檜を植えては数十年かけて育て、それを伐り出すことで暮らしてきた。特に近代以降は、植林技術や輸送手段の発達のおかげで西日本有数の林産地となり、町の中心部を通る旧街道のあたりへ行けば、見上げるほど大きな和洋折衷の商家を何軒も見ることができる。
もっとも、この半世紀近くは安い輸入材に押され、それらの商家もとうの昔に現役であることをやめてしまっているのだが、今でも町を囲む山々は枝打ちされた杉の木に覆われ、そしてこの両家も杉林でもって生計を立てている。だから山の神様はすなわち家の守り神という訳で、両家から一番近い持ち山の麓にそれを祀り、毎朝、一族全員で登ってきて平穏無事を祈っているのだ………ただし、林業家がみな毎朝こんなことをしている訳ではなく、少なくとも智頭の中では、この谷間の名家たる鍵屋・小鍵屋の両志度口家だけだと言っていい。
「家は、山の杉の木に食べさせてもらっとるけぇ、山の、杉の神様に『ありがとう』って言うんよ」
清音も小さい頃から親にそう教わってきたし、山に食べさせてもらっているというのは翻しようのない事実なのだが、にもかかわらず、今の彼女は礼など言う気になれない。
「こんな格好悪い食べさせられ方、しなくていい」
…格好悪い、のだろうか。林業を営む旧家というと、いかにも資産家といった感じに聞こえるが…いや、現に資産家だ。清音の小鍵屋も本家の鍵屋も、この一帯に山林を、それこそ山のように持っている。
清音の祖父が若者だった頃ぐらいまでは、それが他の資産、つまり旧家相応の収入と蓄え、そして風格を生み出していた。この谷間に散らばる家々の二軒に一軒は、何代かさかのぼると両家の使用人として仕え、山に入っていた家だという。つまり資産家という言葉のイメージ通りのたたずまいだったようだ。
でも今は、それだけの山林をして、どうにか普通に生計が立つような収益が上がるだけだった。
この祈りが済むと毎日、彼女の両親は飲む様な速さで朝食を済ませ、作業着の首に手拭いを引っ掛けて軽トラックで出ていく。人を使ってもいるらしいがごく少数で、両親自身も一緒になって枝を払ったり木を伐ったりしているのは清音も知っている。軽トラックが帰ってくるのは、たいてい日が暮れかかる頃。父親も母親も背中に汗をにじませ、作業着には泥がこびりついている。清音が炊くことになっているご飯と味噌汁に、母親がサッと作ったおかずで夕食。
「あの下草刈り、明日の昼過ぎには終わりそうじゃな!」
「なら中学校に寄って、清音がちゃんとしとるか見に行こうか、なあ!」
「やめてよ!」
山仕事のせいか話す声は谷間にこだましそうなほど大きく、父親はともかく母親まで、やたらに食べる。
「……………」
町の中心にある中学に上がり、親が役場や工場に勤めている家の子、旅行客向けの商売をしている家の子と接するにつれ、よその親、特に町中にある家の親というのはもう少しスマートであることを清音は知った。子ども同士で比べてみても、自分の食事や衣服が特別に粗末なわけじゃなかったが、小遣いはかなり少ない方に位置している。
家も、昔の名残で広さと構えだけは立派だが、実は雨漏りすら直せていない場所がいくつもある。集落にある、大昔に使用人だったという家や、稼ぎにならないから山へ入るのをやめたという家と、暮らし向きはあまり変わらない。いや、時には部屋を改築したり、彼女の家よりいい車を買っているのを見たりする…もっとも、多くの家は年寄りの二人暮らしで、清音の家みたいに食べ盛りの子どもが二人いたりしないことは差し引かなければいけないが。
「なにが『鍵屋』『小鍵屋』よ………そんなの捨てちゃえばいいのよ」
もちろん林業は清音たちの両家を残して消えてしまったわけではなく、今も植林された山が町域のそこかしこに姿を見せている。ただ、たいていの地主は山だけでは暮らせない規模なので、仕事を森林組合という組織にまかせて手間賃を引いた利益を受け取り、それに勤めや農業、あるいは年金収入を加えて暮らしているのだ。つまり清音の家や本家は、大地主ゆえに旧家の生業を守り続けられているわけだが、清音からすればいい迷惑ということになる。
さらに最近は、彼女のコンプレックスの対象は家だけじゃなくなっている。学年が進んで川下にある鳥取の街へ遊びに行く機会ができ、さらに修学旅行で東京の夜を見てからは、その智頭の町中ですら不便でみすぼらしく思えてきた。なにしろ町内にはコンビニすらない。
「悪いけどこんな家、ううん、こんな田舎、いつか出てってやる」
そのくせ来月から通うのは、林業科と農業科からなる地元の高校だったりするのだが。
「…このお祈りだって格好悪い。なんで家だけ…ううん、長男も来とらんのになんで、なんで私だけこんな…」
最近、遅まきながら声変わりを始めた二つ違いの弟の顔を、清音は恨めしげに思い浮かべた。孝志という、彼女に似ず面長で細い目を持つその弟は、昨春、中学へ上がると同時に野球部に入っている。朝早くから練習があり、それは土曜である今日も同じだ。中学は列車で一駅下った智頭の町中にあり、列車は野球部の集合時間に合わせて来る訳ではないから、出発はこの毎朝の「儀式」より早い。
「出かける前に寄って、拝んでいくんよ」
それでも親は厳しくそう要求し、彼もウンと返事している。が、清音は、家の門から祠の方角に向かってピョコンと一礼だけして、あとは国道と川を渡って駅へダラダラ登っていく弟の姿を見て知っていた。
「孝志のバカ。あんたのせいで、一時は大変だったんだから…」
弟が来なくなったある日の、朝の祈りが終わった後。
「ったく罰当たりな…よりによって長男を、こんな何日も来させんで…」
本家の、八十いくつかになる隠居からブチブチと小言を言われ、ひたすら平身低頭する両親の姿があった。清音の祖母までが、一緒になって親たちを責めている。「小父さん」「小母さん」と清音が呼ぶ本家の当主夫妻も、四割方は止めに入りかねている様な、しかし残り六割は「言われても仕方がない」と思っている様な、そんな眼で遠巻きにするばかり。その二人の娘―――清音が「ユキ姉ちゃん」「マキ姉ちゃん」と言って親しんできた二十歳過ぎの姉妹だけが、清音を慰めつつ老人たちを諫めにかかってくれた。
以降しばらく両家はギクシャクしたが、ほどなく、ある出来事によって収拾がつき、今に至っている。
今から清音が思い出す人間が、その出来事を起こした。
「ター君………私たちをさんざんに言った本家の、その長男が土日すら来ないって、どういうこと?!」
龍之、というのが、その男の正式な名前になる。
清音の一つ上で、去年の春まで同じ列車で中学に通っていた長身の少年。清音が幼い頃から、遊び相手になる様な年の近い子どもといえば、集落の中で彼一人だけだった。ましてや結びつきの強い家の子同士で、さらに言えば、この祠の前で毎朝の様に顔を合わせ続けてきた。だから、学校へ上がってから見知った他の誰よりも、龍之が彼女の前にいた時間は格別に長く、共有した泣き笑いは群を抜いて多い。
しかしそれだけに、彼が突如姿を見せなくなったことに対する失望も、とてつもなく強かった。
「……………」
祝詞の声が止み、人々はふたたび静粛になった。しかし、この黙祷がまた長い。
遠くから山鳥の声がする。近くで、枝の雪がまた落ちた。
龍之は昨春、鳥取の街にある県下有数の進学校に入った。
山へ連れていっては花や草の名前を教えてくれたり、木や竹を削っては遊び道具を作ってくれたりする彼を見て、頭のいい器用な人間だということは、清音も小さい頃から分かっていた。ただ、ここと両隣の集落だけを通学範囲にした小学校では、
「ター君は、めっちゃ勉強できるんなあ」
というぐらいにしか思えなかった。
それが、町中から子どもを集める中学へ進むと、龍之の秀才ぶりはグッと際立った。教科を問わず成績優秀な男子として、志度口龍之、という名前が学年を越えて伝わってくる。文化祭に体育祭、生徒総会…彼はいつでも前にいて、誰かに囲まれ、誰かから歓声を浴びていた。さらには運動部でもないのに、教室の窓から見える体育の授業姿がまた格好いい。陸上競技もサッカーも器用にこなすのだが、とりわけ彼の長距離走は速くて力強くて、なおかつ決して顎を出したりしないのだ…ふと気づくと、他の誰かもそれを眺めている。と同時に嫉妬めいた視線が自分に向けられていて、それであわてて前を向き直った、という経験が清音には何度となくあった。
「キヨちゃんはいいなあ、先輩と毎朝一緒に学校来れて…いつも、どんな話しとるん」
抱きついて残り香でも嗅ごうと言わんばかりの勢いで、同級生からそんなことを聞かれる。
「うーん……川に、面白い色の石がある、とか……」
「へぇ!先輩、川の石が好きな!なら川から石じゃんじゃん持って来よ!」
「…えっと、そういう訳じゃ……」
なるほど、一緒の汽車に乗って隣に座るし、話もする。そして毎朝、隣で手を合わせている。にもかかわらず、学校で見るその横顔は、清音にとっても人垣越しに有名人を見る様な遠いものだった。昔から彼のする話は、この石は何だとか、雲がこうだから雨が降るとかいった事柄ばかりで、確かに風変わりではあった。しかし幼い時分の彼女はそこに「物識りなお兄ちゃん」という畏敬と親しみとを覚えたものだが、この頃にはそれすら、しょせん彼は私と違う人種なんじゃないか、と思わせる材料になった…。
…話を、鳥取に進学した龍之に戻す。
清音が住む谷を流れ、智頭町の中心部を通り抜けた川は、他の小さな流れを集めて徐々に幅を広げていく。やがてそれが大河となって海へ注ぐ場所に、鳥取の街はある。
と書くといかにも遠そうだが、智頭の町から列車に四十分あまり乗れば着く。川上にあるこの集落からでも、それに一駅五分が加わるだけだ。どちらにしろ、何人もの高校生が智頭から普通に通学している。
が、三月と経たないうちに、龍之は突然、鳥取に下宿を求めて家から出て行った。
「最近、親たちがよく本家へ行って、長いこと話し込んでいる」
そのことに清音が気づいて間もなく、龍之が朝の「儀式」に姿を見せなくなった。高校へ入って以降、それまでも時々いないことがあったので、不審に思うのが遅れた。
「あの子にしては珍しく強情で、本家の小父さんも、とうとう折れてな…でも、日曜には帰ってくるけぇ」
「へ?」
二日してから母親に教えられ、初めて知った。
彼はこの間も清音と、朝ごとに顔を合わせていた。ただし制服姿で現れて、お祈りの終わり近く―――ちょうど今ぐらいのタイミングで急いで降りていく。おまけに夜は遅くて、帰ってくるのに出会ったことがない。だから話はほどんどできなかったが、それでも、引っ越すことを伝える時間ぐらいあったはずだ…。
「一言、挨拶ぐらいくれたって…」
淋しいとかの前に、腹が立った。
ただ、本家からも「朝にここへ来られない者」を出したことで、清音の家が年寄りから責められることはなくなった。ほどなく龍之からも、突然を詫びる丁寧な手紙が届いた。
しかしそれでも、清音は収まらない。
「ター君のバカ………裏切り者っ!」
黙って出て行ったこととは別に、この、朝の行事への参列を龍之があっさり放り出したことが、清音にはとてもショックだった。もちろん、清音とて実行できないだけで「こんな暮らし嫌だ」と考えているし、山の神様ごときで諍いまで起こす古臭さも大嫌いだ。だから彼女は龍之が逃げ出したことに理解を持てるはずだし、むしろ、あこがれてもいいはずだった。
なのにこの件に関しては、裏切られた、という思い以外に何も持てない。
…その上、それから日曜日が何回やってきても、龍之はここへ姿を見せないのだ。
「行こ。キヨちゃんも連れてくって言ったら、楽しみにしとったけぇ」
夏休みが近づいた頃、智頭の町中に住む先輩に誘われて、鳥取へ行った。紗夜というその先輩は、龍之の中学時代の同級生。彼とはクラスも部活も別だったが、本家の遠縁にあたるので見知らぬ間柄ではなく、だから清音もかわいがってもらっていた。その紗夜も鳥取の高校に進んでいたが、ちゃんと家から通っている。
列車に乗り、鳥取の駅から少しバスに乗って、小ぎれいなアパートに着いたのは昼前だったが…
「や、キヨちゃん紗夜ちゃん、おはよう」
出てきた龍之の髪は寝癖で逆立ち、清音に少し似た丸い目の上半分が、とろんとした瞼に覆われていた。背後に、万年床と食べかけの菓子袋が見える。
「朝に山へ来られんようになったけど、その分、鳥取で朝から夜まで頑張っとるんだよね…」
というかすかな同情が頭の中で砕け散るのと、龍之の顔に平手を食わせたのとが同時だった。
その後、夏休み以降は、龍之も月に一、二度ほど帰ってくるようになった。別に毎日昼まで寝ている訳じゃないのは清音も分かっていたし、帰ってきて顔を合わせれば話もしたけれど、
「おはよう。山が秋らしくなったね」
「うわ、早ぁ!そんなに早起きして大丈夫ぅ?」
それでも、折に触れて皮肉を言い、龍之を困らせなければ気が済まなかった。
「…これからも私だけ、こうして毎朝…バカみたい。私も、ター君の学校は無理でも、商業に行きたいとか言って鳥取の高校目指せばよかった。けど商業って大変そうだし、第一、下宿なんか絶対させてくれんよな。あ!孝志みたく運動部に入るか。けど朝練は朝練でキツいしなあ……………ん?何よさっきから?!」
誰かの指が、肩をつついて清音の思考を邪魔してくる。
振り向くと別の指先が頬をギュッと刺し、そのすぐ先で、龍之が黒目がちの眼を細く見せてニヤニヤしていた。横でもう一人、肩上で切り揃えたおかっぱ頭が、うつむいて笑いをこらえている。紗夜だった。
「ター…!」
「しぃーっ!」
唇の前で人差し指を立ててから、龍之は神妙な顔を作って前を向き直った。紗夜も見よう見まねで手を合わせる。その延長線上に作業着姿の中年男がおり、赤銅色に焼けた顔をしかめてこちらを見ていた。清音の父親。清音もあわてて目を閉じる。
「いきなり来てなによ…私が怒られたじゃないの。それに、なんで紗夜さんまで…」
父親の眼はもっぱら龍之と紗夜に向けられていたのだが、それに気づく余裕は清音にはない。
鳥が鳴き、木が匂っている。
ガ、ガン…ガガン、ガガン…ガガンガガン……
林の中に、列車の鈍いこだまが響いてきた。今度は速くなっていく。智頭の町中へ、そして鳥取へと向かう、下りの汽車だ。
誰からともなく一同が深く頭を下げて、朝の祈りが終わった。
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