
「もしかしたら」作品サンプル
「やっぱあれは、僕のこと好きって言ってたんだ…あーっ、あそこで打ち明けてれば、もしかしたら……!」
高二の夏の、ひそかな恋の幕切れ。ついさっき夢でそれを八年ぶりに見てから、後悔が止まらない。
…断っておくけれど、僕はもともと、済んだ昔話を寝床で掘り返しては無駄な後悔にのたうち回るようなウジウジした手合いじゃない。第一、思い出すこと自体が大人になってから初めてだった。なのに…。
伏線は、あった。
このところ気晴らしをする気力も起こらないほど忙しくて、楽しかった田舎の高校時代がよく思い出されていた。高い空、春の水辺や冬の雪野原、祖父母の時代から変わらないという町並み…そして僕らは写真部員。やりたいことだけを胸に近所や遠くを駆けずり回り、好きなことを極めるために部室であれこれ語り合って、そうして毎日が暮れていく…。
その中に彼女、田辺真穂がいた。
色白で地味な顔立ちをした、無口だけどひたむきな子。小柄な僕より、もうひと回り背が小さかった。
何が魅力だったのかは、一言でうまく言えない。でも、一度こうして思い出してしまうと今でもドキドキする、それほどの相手だった。二十五歳になった彼女を思い浮かべ、それが今の僕の隣にいると考えてみても、やっぱり素敵だと思える。たとえ今この歳まで続いてなかったとしても、あれから二年か三年、そういう距離で真穂と過ごせていたら………そして、僕の答え次第でそのことが叶う瞬間が、あの日にあった。なのに僕はそれを見過ごし、棒に振った。まさに見過ごしたという表現がぴったりだった。
夏休みの終わり、学校帰りの羽後鳥居駅。真穂は翌朝、東京へ引っ越していく。
今、好きだって言わなきゃ最後なのに、言えない…冷静を装って雑談しながら、僕はめまいがするほど焦りまくっている。やがて真穂の乗る普通列車が近づいてきた。少し斜めを向いていた細くて優しげな目が、華奢な体ごと僕を向く。まっすぐな黒髪の下に、僕を見上げる淋しそうな顔。
「山本君…」
「じゃあ田辺、さよなら。元気で」
「………あのね、山本君」
「ん?」
「私、山本君に、『さよなら』って言いたくない」
そこまで言われて、なんで僕は…。今思うと全く理解できない。焦りと緊張で気絶寸前だった以外に、僕が何を考えたのかも思い出せない。ただ、とにかく僕は打ち明けられず、汽車に乗った真穂は悲しげに僕を見つめて、そして目の前でドアが閉まった。それが彼女と会った最後だ。田舎ゆえまだ携帯を持つ高校生は少数派で、引越先の住所や家の電話も聞かずじまい。聞いたところで、かつての部活仲間という資格だけで用もなしに電話するなど、当時の僕には無理だったろう…だから、あの日が本当にラストチャンスだった。
真穂のことは時とともに思い出さなくなっていったが、その後も、彼女と似た感じの女性に出会うたびに心を惹かれた。だが、いずれも縁がなかった。逆になぜか僕の好みとは裏腹の、派手めな顔立ちをした勝ち気で強引な女に「カワイイ〜」などと言われて好かれるばかりで、迫られたり泣かれたりして引きずられるように付き合い始めてしまい、そして振り回された末に捨てられる…それを今まで、二度繰り返した。
「…早起きしちやったな」
なおもぐるぐると追想しつつ、上体を起こしてカーテンの隙間を見る。朝の日射しはまだオレンジ色をしていて、角度も低い。十月でこの明るさだと、六時前ってとこか。目覚まし時計は伏せてある。久しぶりに何もない日で、昼前までゆっくり休むつもりだった。目が冴えてしまったのを承知でふたたび横になる。少し遠くで踏切が鳴って、やがて上り電車が駆けていく音。
「今も、東京にいるのかな…」
僕も卒業してすぐ東京へ進学しにきたから、その間の一年あまりをどうにか持たせてれば、あるいは今も………また、考えても仕方のないことが次々に湧いてくる。おいっ!いいかげんにしろ僕。ちょっと昔を思い出したぐらいで何だよ。真穂と結ばれなかったからって、その後の何もかもが不幸だったか?希望通りに進学できたし、このご時世で手堅い職に就けてるし。それに強引に迫られた末の一方的な恋愛だったにせよ、こんな痩せた小男を彼氏にしてくれた女もいたじゃないか。第一、さっきから何度も言ってるけど…
「…いまさら何を気づこうが、戻ってやり直せるわけじゃなし」
口に出して僕は言ってみた。結局はそれだ。振り払うように軽く頭を動かしてから、布団をかぶる。
びしゃっ!
「ちょっとタカシ!それマジで言ってんの?!」
襖が乱暴に開く音と、子どもじみたハスキーな大声とが部屋中に響いた。
「!」
跳ね起きると真向かいの押入れの下段から、四つん這いの女が顔を出していた。手を振っている。
「やっほー!元気ぃ〜?」
「……………………」
泥棒!と叫ぶには障壁が多すぎた。
世の中には女の泥棒もいるだろう。それが若い場合だってあると思う。でも、光に透かして分かる程度の茶髪にキティちゃんのヘアバンドを差し、ストライプのネクタイをはだけ気味のブラウスに巻きつけ、チェックのプリーツスカートから腿を半分露わにした女を泥棒とは呼ばない。普通はそれを女子高生と呼ぶ。もちろん、犯罪を犯しているといった殺気や緊張感は全くなかった。良く言えば無邪気な笑顔、率直に言えばバカ面のまま、まだ僕に手を振っている。
そしてそのバカ女を、僕は知っていた。
玉井優香という、高校の二年と三年で同じクラスにいた女だ。だから、誰だ!とも叫べない。
しかも卒業して七年目になるのに、高校当時の風貌そのまま…それが一番の混乱の原因だった。
幽霊を信じる気はないし、信じるにしても彼女が死んだという話は聞かない。じゃあ、僕と同じく今年で二十五歳になる彼女が、高校時代の制服を着てはしゃいでいるのか。やりかねない性格だったし、もしそう確信できれば保健所に連絡すべく行動を起こせただろうけれど、健康そうな肌色をした騒がしそうな顔も、今聞いた声や話しっぷりも、僕が覚えてるまんまの彼女だった。
「ねえタカシ、どーしたの?」
ようやく僕が絶句しているのに気づいたらしく、玉井は笑顔をやめて押し入れから這い出てきた。掛布団を手で踏んで近づき、上体だけ起こしたままの僕をドングリみたいな目で覗き込む。頬に、ニキビが数粒。ますます当時の彼女だが、小説じゃあるまいし、そんなことがあるわけがない。
「…なんで、制服なんか着てるんだよ」
「え?脱げってこと?!やだエッチー!セクハラ!助けて襲われる〜!!」
「お、大声出すなよ!隣に聞こえるだろ!……違うって!それ翼修館の制服だろ。なんでそんな格好で僕の部屋に来たのかって!」
「だって、翼高生が東高や酒商の制服着てたら変じゃん!タカシ頭大丈夫ぅ?」
「……………」
いよいよ高校時代の玉井だった。あの頃も年中こうして、こいつのペースに乗せられてたっけ…相手の化けの皮を剥ぐどころか、こっちが昔に帰った気分になってきた。
翼修館高校なんて書くと名門進学校みたいだが、田んぼの中の新設校が気負ってそれっぽい名を名乗っただけだ。なにしろ最後の文化祭のクラス発表が「秋の盆踊り大会」。クラス委員の玉井がそれを言い出し、クラスの多数派である女子がみな浴衣着たさに賛成して決まってしまった。男子はボイコット確定のはずが、同じくクラス委員だった僕が玉井の巧みな混ぜ返しや泣き落としに乗せられ、気がついたら男子中心で櫓を組んだり提灯を張り渡したりする羽目になっていたのだ…そういう展開が二年生から卒業までの間、行事や班行動のたびに繰り返された。そして事が済んだら彼女は間髪を入れずに「ホントにごめんね。どうしてもタカシに助けてほしかったの」などと、いかにもしおらしく謝ってくる。加えて行事や班行動は必ず成功するから周囲は拍手喝采。だから怒りづらく、次回もまた乗せられて使われてしまうのだった…。
「それよりタカシさぁ」
ドカッと立て膝になって、玉井はドングリ眼を真向かいに持ってくる。
「真穂ちゃんのこと、マジであきらめちゃうの?」
「え?!…な、何言ってるんだよ!」
「ウソだぁ。大人になった真穂ちゃんも素敵だ!とか思ってるくせにぃ〜!このチビスケ!」
「!!」
両手で突き飛ばされ、僕は背後にあった椅子で背中を強打した。でも痛いどころじゃない。脳内を覗かれてるとしか思えない図星…驚きで頭に血が昇り、弱みを握られたやましさに胸が激しく脈打っている。
玉井の顔が、じりっ、と近づいてきた。彼女がよくなめていた飴玉の匂いが届く。
横に長い唇はニヤニヤ笑っているけれど、黒眼の色がさっきよりも鋭い。
「ねえタカシぃ」
「……………」
「やり直せるわけじゃなし、って言ってたけどさぁ…もしやり直せたら、どうする?」
「……へ?」
「どうするの、って聞いてるの!優香がやり直させてあげる!」
「ど、どうするって………」
何バカなことを…混乱の中でようやく僕がそう思い始めると、玉井は敏感に眉を吊り上げた。
「あ、本気にしてないでしょ!」
「当たり前だ」
「マジうざい。じゃあ、これ見ても信じない気?!」
玉井は押入れへ飛んで返し、下段に積まれた布団を丸ごと持ち上げにかかった。はずみで尻が浮き上がるまま、遠慮も恥じらいもなくスカートの裾が上がる。
「ほら、見てて!…あ、言わなくたってタカシこっちガン見だよねー。このムッツリ!」
僕がギクリとした瞬間に布団の束が脇へ倒され、同時に目がくらむような光が押入れを包んだ。
「え?!」
バックで出てきた玉井がサッと横へ。目が慣れて、光の正体が少しずつ見えてくる…。
「どぉ?まだ信じない?」
「な……………………」
押し入れの奥の板張りが消え失せ、隣の部屋があるべきその先には、陽が降り注ぐ屋外が広がっていた。やや距離を置いて、細かいタイルで作られた白い壁が見えている…この近所の景色なんかじゃない。
壁は、懐かしい母校の校舎の外壁だった。
信じがたい状況に体を硬くしつつ、僕は布団からそれを観察してみる。白のタイルが覆うその壁は、真夏の日中などまぶしくて目に残像が焼きつくほどだったが、今は静かにオレンジ色の光に染まっていた。廊下に面した広い窓ガラス。涼しい空気と校庭の砂埃の匂いが、僕の顔まで届いてくる…。
「な……なんでここに、翼高が………」
「いいからタカシ!ほらぁ、こっち来なって!」
はしゃいだ手招きに誘われるまま、布団を出て、僕も四つん這いで押し入れの前へ。
「ちょっとタカシ、ジーンズのまんま寝てんの?やだ不潔、最低ー!」
「部屋着だよ!」
おそるおそる身を乗り出し、こわごわと目を凝らす。廊下側の窓の内側に、普通教室の扉が見えている。廊下に明かりはないけれど、扉の脇に「311教室」という表示が辛うじて読み取れた。ってことは東棟の三階の端っこを、西側の空中から眺めてるのか………あ。
「壁を直した跡が、ない!」
「でしょ!」
「じゃあ、これは………」
三年の文化祭前日。僕らは「秋の盆踊り大会」のために櫓から四方へ提灯を張りめぐらす作業をしていたのだが、やがて東棟の両端に綱を固定する場所がないことに気づいた。
「どうしよう…」
「もう遅いし、あとはウチらで何とかするよ。ありがと。明日も頑張ろうね!」
玉井たちに優しくねぎらわれて僕ら男子は帰り、翌朝来てみると、果たして三階の両端に綱が固定され、見事に提灯が張り渡されている。男子が女子たちを口々にたたえ、いい雰囲気で文化祭は始まったけれど、嫌な予感がした僕は玉井を呼んで問いただした。
「工業の授業取ってる子がさ、電気ドリルとでっかい釘とコンクリートボンド持ってきてくれたの!」
「バカヤロー!校舎の壁に穴なんか開けちゃって…バレたらどうするんだよ!」
「大丈夫!美術系の子たちに頼んで、ほら、まわりとそっくりにタイル描いてあるから」
…たしかに写実的な絵画としては見事だったが、もちろんバレた。しかもタイルは穴の部分だけでなく周囲数十センチにわたって剥がされており、責任者の一人ということで僕まで謹慎指導に連座したのだった。
その、タイルを貼り直した痕跡がまだないってことは…。
「うん。あの文化祭よりも前…っていうか、前の年の夏だよ。夏休みの一番最後の方の日の、夕方」
「………!」
壁の静かなオレンジ色は朝日ではなく、夕焼けなのだ。言われてみると、たしかに朝焼けでは方角が合わなかった。そして耳をよく澄ませてみれば、はるか遠くにひぐらしの声。
いや、そんなことより二年の夏休みの最後の方っていったら、もしや…
「うん!タカシが真穂ちゃんと駅でさよならした、あの日の夕方だよ。さ、行こう!」
言いながら玉井はもう、ハイソックスの足にせわしく革靴を押し込んでいる。
「ま、待てよ。僕の方は二十五歳なんだぜ!それに、この頃の僕が別にいるじゃ…」
「時間がないんだってば!やり直せなくなってもいいの?!」
見上げた顔が険しく僕をにらむ。疑問もためらいも山のようにあるが、いきなり腕をぐいっと掴まれて反論のタイミングを失った。
「タカシが心配してることは、ぜーんぶ解決済みなの!タカシは、今度はちゃーんと真穂ちゃんに告白することだけ考えてて!」
ふたたび四つん這いになった玉井が、押入れの入口へ。彼女に腕を引かれるまま、僕も同じ姿勢で横に並ぶ。すぐ先に見える懐かしい壁や窓は、もう現実そのものだった。
「目をつぶって!…そう。いい?いち、にの、さーんで、でんぐり返しであっちへ飛び出すよ!」
「…うん」
「ハイっ、いち、にの、さーん!」
バンと背中を叩かれるまま転がった瞬間、転がっていく先が三階の高さの空中であることに僕は気づく。
「殺す気かこのアマ!止まれ俺っ!」
だが体はすでに前転を終えかけていて、直後に自由落下が始まった………そうだ。迫られるまま勝ち気な女に引きずり回されるパターンを僕に刷り込んだのは、コイツだ………薄れる意識の中で上京以来の女性運が頭をよぎり、僕は玉井を激しく恨んだ。
気がつくと、僕は東棟と西棟に挟まれた広場に立っていた。
落ちてから今までに記憶の中断があるものの、感覚は現実そのものだ。夢独特のあいまいさはない。
押入れからその三階が見えていた東棟は、二階から下が大きな開口部になっている。開口部の向こうには校門があり、その門を早足で出ていく小柄な男子の後ろ姿が見えた。少し大きめの鞄が左右に揺れている。
「あ、僕だ…」
目の前の景色と、記憶の中のあの日の日射しの加減とがぴたりとダブった。僕に違いなかった。
「アハハッ、鞄が歩いてるみた〜い。マジかわいい〜!」
「うるさいな」
すぐ横に玉井もいて、手を叩いて喜んでいた。彼女は制服だからいいとして、僕はジーンズにランニング一枚の二十代なかば。職員室から目撃されたら厄介だったけれど、幸いそこの窓は真っ暗だった。
「でも部活の、真穂ちゃんの送別会が終わったとこだったんでしょ。最初っから一緒に帰ればいいのに」
「そのあと二次会が始まったんだ。それに、汽車が反対方向なのに一緒に出てったら怪しまれるだろ」
学校は、それぞれが住む町の中間にあった。そして普通列車は一時間に一本もなく、上下の時刻はたいていバラバラだ。
「それより、僕を追いかけなくていいのかよ?」
「…真穂ちゃんが乗る汽車ってさあ、タカシが着いてからすぐ来た?」
「ううん。僕が駅に着いてから…十五分ぐらいあった」
「十五分もあって、なんにも言えなかったの〜?ハハッ、マジなーい!優香だったら見たらすぐ抱きついてキスしちゃって文句言わせないし!」
玉井がゲラゲラ笑って羽交い締めにしてくる。男がいきなり抱きついたりしたら一一〇番じゃないか。
「ゴメンゴメン。じゃ、ゆっくり行こっか」
東棟の高い開口部をくぐり、門の外を左へ曲がって細い道を歩く。左手に学校の塀。右は遠くに見える山まで一面の田んぼで、夕涼みの風が稲穂をそよがせていた。長くなった校舎の影が、だいぶ先の方まで伸びている。影の尽きたあたりにトタン葺きの作業小屋。あれは卒業間際に不審火で焼けたはずだった…。
「ねえ、告白のリハーサルしてあげる!ほらっ、優香を真穂ちゃんだって思って、思いっきり…」
口の中で転がす飴玉を丸見えにして、はしゃぎがちに玉井が言ってくる。
「いらない」
真穂は物を食べたまま大口開けてしゃべったりしないし、こんなだらしない格好もしていない。
「なにそれマジうざい。優香が嫌なの我慢して、かわいそうなムッツリチビスケの相手してあげるのに」
「かわいそうで悪かったな」
相変わらず、耳障りな大声でいちいち引っかかることを言う女だ。チビチビって、僕より一、二センチ高いだけじゃないか…鳥海山が顔を出す地平線に向かって、僕らは稲穂の中を歩く。前方に県道との十字路が見え、その先に民家が小さく集まっているけれど、やはり人の姿はない。ただ一人、道のずっと向こうに僕らしき人影があったが、すぐに家並みの影にまぎれてしまった。その奥に、真穂が待つ羽後鳥居の駅がある。
「なあ…僕がこんなで本物の僕もいるってのに、どうやって彼女に会うんだよ」
「まあまあ、優香を信じろって!」
男言葉でなれなれしく肩を組んでくる玉井の腕をほどき、僕は語気を強める。
「信じられるかよ。あの僕は駅に着いて、今頃彼女を見つけてるぞ!」
「信じられないんなら好きにすれば。優香、知らないよ」
急に背筋が凍りそうな涼しい顔を見せるや、ケロリと玉井は言い放つ。
「……………」
真穂に告白どころか、このまま八年前に置いて行かれかねない。もう信じるしかない…僕がうつむくと、不思議そうに見開かれた両目が顔を覗き込んできた。
「ねえ、マジで十五分なんにも言わなかったの?…キモっ!キモすぎ。タカシ最悪〜」
言い方が腹立たしくて殴りそうだったが、真穂とのやり直しがかかっているので気を取り直す。
「別に、会ってからずっと黙ってた訳じゃないよ」
黙っていたのは、真穂に「さよならって言いたくない」と聞かされてからだというのを、僕は説明した。
「それって真穂ちゃん、ほとんど、告白してるじゃん…」
聞いた玉井は、驚くというより戸惑うような眼をして、斜めの空を見た。しばらく黙ってから、そのままの視線で僕に質問する。
「…どーしてタカシは、なんにも言えなかったの?」
「それが…実はよく覚えてないんだ」
「覚えてないって………まあ、いいか」
玉井がそこで、下を向いて話を引っ込めた。僕らは県道を渡り終え、小さな駅舎の近くまで来ていた。
★サンプルはここまでです。これより先は、単行本『かえりみち』にてお楽しみ下さい!
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